2008年1月28日月曜日

ヒロシマ

今日は、芸術総合高等学校1年次のヒロシマという演劇発表を観劇した。
広島に原爆が投下されて、
今なお広島市内を被爆を受けた路面電車が現役で走っている事と、
青年男子が戦場に駆り出され、100両近い電車を15、6才の女学生が
運転していた事をプロットに話は展開する。

原爆が投下された一日に焦点を絞って、被爆した建物の様子、
人のうめき声など聞くに耐えない悲惨な史実を演劇で表現。
戦後60年が経とうとしているが、
元号で言うなら昭和の時代にあったまだほんのひと昔前の話。

チェロとビブラフォンの生演奏が全体の雰囲気を盛り立て、
衣装も黒のユニフォームで統一して、照明もほとんどモノクロでシンプルであったが、
それだけに演技力が問われる演出であった。

今日の発表の日を迎えるまでに、頭に叩き込むほど何度も脚本を読んだ努力と、
悲惨な歴史を一生懸命声を張り上げて、
見る人に訴えていた生徒たちの演技に心打たれた。

また、生徒たちにとっても広島、長崎で原爆が投下された事と漠然とは知っていても、
これほどまでに悲惨であった歴史と向き合ういい機会であったと思う。
平和ぼけしている今を生きる人達に伝えていかなければならない史実である。
改めて平和の有難さが身に染みた一日であった。
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2 件のコメント:

  1. ミスター フェニックス2011年4月9日 23:38

    62年前、一瞬にして広島は熱風と爆風により焦土の廃墟と化した。更にきのこ雲が放射能の黒い雨をもたらし、20万人の人々の生涯を奪った。いまだに原爆症で亡くなる人が後をたたない。100年は草木一本さえも生えないと伝えられていたが、人々の償いと故郷を想う情念が不死鳥の如く街を甦らせた。
    わずか60数年前の不幸までも風化させるのか。このプログを発信して下さった『いぜなの会』の僥倖に乾杯。
    02/01/08 23:56:08

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  2. 娘と同じ15、6才の女学生が体験したというヒロシマを娘が台本をもらったとき、“エグイ”とか“分からない”とか…言っていたのに、本番の時は感極まり、台詞を詰まらせる場面もあり、実体験のある祖父母から孫へと伝えていかなければいけない事を、他方面から娘へ伝えられたことを、幸いと思います。
    ミスターフェニックス様に返杯!!
    02/06/08 16:39:01

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